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配偶者居住権設定に伴う相続税の軽減効果

はじめに

民法改正により新たに創設された配偶者居住権が今年4月に施行となりました。

配偶者居住権は、相続開始の時に居住していた被相続人の所有建物を対象として、配偶者にその使用及び収益を認めることを内容とする法定の権利です。

これは相続開始後の配偶者の居住権を保護するための方策であり、例えば、先妻の子が相続で取得した自宅家屋に後妻が居住し続けることができることなどを想定して創設された制度です。
(詳細については、民法改正による配偶者居住権の創設と相続税をご参照ください。)

配偶者居住権による相続税への影響

この配偶者居住権を遺言書や遺産分割協議書で設定した場合の相続税への影響については当初より議論がありましたが、その後公表された通達や示された当局側の解釈の中で、

  • 配偶者居住権を取得した配偶者が死亡することにより配偶者居住権は消滅し、相続税課税の対象となる遺産とはならないこと
  • 配偶者居住権の設定されていた土地建物の所有者は配偶者の死亡により当該土地建物の使用収益をすることができるようになるが、この利得の増加はみなし贈与課税(相続税法9条)の対象とはされないこと
  • などが明らかにされました。

    これにより、一定の場合、配偶者居住権を設定しない場合より設定する場合の方が、一次相続と二次相続をトータルで考えた場合の相続税額が結果として少なくなるケースが生じると言えるようになりました。

    相続税額が少なくなるケースについて具体例を挙げて説明します。

    税金

    相続税額が少なくなるケース

    父が亡くなり、母と子1名が相続人で、遺産は自宅の土地8,000万円と家屋2,000万円、現預金1億円であったとします。
    母の年齢より導かれる平均余命を23年、この複利現価率は0.507、建物の残存耐用年数を38年とします。

    遺産分割において母と子は2分の1ずつ遺産を相続することを前提とし、自宅土地にかかる小規模宅地等の特例は母が取得する場合にしか適用できないこととします。
    また単純化のため母の固有財産はなく、一次相続後の財産の増減もないものとします。

    ①配偶者居住権を設定しないケース

    まず、配偶者居住権を設定しない場合の相続税額を計算しますと、小規模宅地等の特例を最大限利用することを踏まえて、土地と家屋は母が取得し、現預金は子が取得することにします。

    この場合、一次相続における遺産の課税価格は、

    8,000万円×(1-0.8)+2,000万円+1億円=1億3,600万円

    となり、発生税額は1,480万円、配偶者税額軽減の適用により、一次相続で納付すべき相続税額は子の負担する1,088万円のみとなります。

    また、二次相続における母の遺産は土地と家屋の1億円となり、子の負担する相続税額は1,220万円となります。

    結果、一次二次のトータル税額は2,308万円となります。

    ②配偶者居住権を設定するケース

    次に、配偶者居住権を自宅家屋に設定する場合の相続税額を計算します。
    この場合、家屋の配偶者居住権とこれを確保するために認められる土地の敷地利用権を母が相続により取得し、土地と家屋の所有権自体は子が取得することになります。

    この場合の配偶者居住権が設定された家屋の所有権の評価額は

    2,000万円×(38年-23年)/38年×0.507=400万円

    と計算されます。

    これにより、配偶者居住権の評価額は差し引きで1,600万円と算出されます。

    また、土地には配偶者居住権設定に基づく土地の敷地利用権が付されますが、その制約付きの土地の所有権の評価額は、

    8,000万円×0.507=4,056万円

    と計算されます。

    これにより、土地の敷地利用権の評価額は差し引きで3,944万円と算出されます。

    このとおり母は配偶者居住権の設定により5,544万円相当額の財産を取得することになるため、遺産分割は母と子2分の1ずつで行うことを踏まえますと、母は現預金を4,456万円分取得することになります。

    一方、子は土地と家屋の所有権(計4,456万円)と現預金5,544万円を取得することになります。

    これらを前提に相続税を計算しますと、まず一次相続ですが、小規模宅地等の特例は母の相続する自宅土地の敷地利用権に適用することはできますが(土地の上に存する権利として適用可能)、子が取得する土地の所有権には適用されませんので、遺産の課税価格は、

    3,944万円×(1-0.8)+4,056万円+2,000万円+1億円=1億6,845万円

    となり、発生税額は2,394万円、配偶者税額軽減の適用により、一次相続で納付すべき相続税額は、子の負担する1,421万円となります。

    また二次相続ですが、配偶者居住権が母の死亡により消滅してしまい、また、土地と家屋の所有権自体は一次相続で子が既に取得しているため、遺産は母が保有する現預金の4,456万円のみとなり、子の負担する相続税額は86万円となります。

    結果、一次二次のトータル税額は1,507万円となります。

    上記のケースの計算結果

    上記事例の結果を整理しますと次の表のようになります。

    (単位:万円)

    ①配偶者居住権を設定しない ②配偶者居住権を設定する
    <一次相続>
    土地 8,000 3,944 4,056
    (小規模宅地特例適用) (6,400) (3,155)
    家屋 2,000 1,600 400
    現預金 10,000 4,456 5,544
    課税財産価格 13,600 16,845
    相続税額 1,088 1,421
    <二次相続>
    土地 8,000
    (小規模宅地特例適用)
    家屋 2,000
    現預金 4,456
    課税財産価格 10,000 4,456
    相続税額 1,220 86
    <一次二次税額トータル> 2,308 1,507

    このとおり、一次相続で比較すると小規模宅地等の特例の適用できる範囲が配偶者居住権設定に伴う敷地利用権に限定される分、配偶者居住権を設定する方が、相続税額が高くなりますが、二次相続を見ると、配偶者居住権が消滅することにより課税対象となる土地家屋がなくなり、相続税額は大きく減少します。

    結果として、配偶者居住権を設定する場合の方が一次二次トータルの負担税額が少なくなることが分かります。

    税負担が大きくなる可能性

    確かに上の結果は配偶者居住権設定による相続税の軽減効果と考えてよいと思いますが、どのような場合でも税金面で有利となるか、というとそうとも言えません。

    上の表に示されているとおり、一次相続で多く納付した後、二次相続で負担が大きく下がることにより全体として軽減されていることとなるため、一次から二次にかけて土地家屋の売却などが行われると状況が変わり、税負担が大きくなる可能性が生じます。

    具体的には次のような事項がマイナス要素として挙げられます。

    • 配偶者居住権を設定した家屋を売却することになった場合、通常配偶者居住権を合意解除により消滅させることとなるが、この時、子から母に金銭の支払いがなければ、母から子に配偶者居住権の評価額相当の贈与がなされたことになり、贈与税負担が生じる可能性がある。
    • 上の場合に子から母へもし金銭の支払いがあれば、これを対価とする譲渡所得税が母に生じる可能性がある。この場合の譲渡所得税は、敷地利用権も含めて分離課税ではなく総合課税とされてしまう。また、マイホーム特例などの適用は受けられないと考えられる。

    この他、相続税の観点では、一次相続でも二次相続でも自宅土地に対して小規模宅地等の特例が適用できる状況にある場合(80%の評価減が全面的に使える場合)は、配偶者居住権を設定しない方が相続税の軽減効果が得られることも留意する必要があります。

    また、父と母の固有の財産の総額に大きな差がある場合(先に亡くなる父と比べ母の方が財産がかなり少ない場合)などは、相続税の累進税率の影響で一次相続での税負担が大きくなり、遺産分割の内容次第で一次二次トータルでの相続税の軽減が得られないことも起こり得ます。

    最後に

    配偶者居住権を設定したことにより税負担が軽減されるケースは、残された母が自宅を終の住み処として売却することなく住み続けることが大前提となるようです。

    言い方を換えると、節税目的で配偶者居住権を設定した場合、自宅を売却するという選択肢がなくなるという制約が遺族に課されるという状況が生じ得ることになります。

    上述のとおり配偶者居住権は残された配偶者のその後の居住権を保護するための民法上の制度であり、税負担の軽減を目的に創設された制度ではありません。

    「配偶者居住権の設定により相続税が結果的に軽減される場合がある」とご理解いただいた方が適切であると考えます。

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